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大阪高等裁判所 平成4年(う)1087号 判決

本店所在地

大阪市中央区備後町三丁目二番八号

大谷興産株式会社

(代表者代表取締役 金銅克己)

本店所在地

大阪府東大阪市足代一丁目一二番一四号

大農建設株式会社

(代表者代表取締役 山中正二)

国籍

韓国

住居

大阪市阿倍野区北畠一丁目七番一二号

会社役員

柳川博嗣こと廣相

一九三五年三月二七日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、大阪地方裁判所が平成四年一〇月一五日に言い渡した判決に対し、原審弁護人小嶌信勝から各控訴の申立があったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

検察官 三浦幸紀 出席

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人小嶌信勝作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官諸岩龍左作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  被告人廣相の控訴趣意について

(一)  事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判示第一の三の第一農林株式会社の平成元年三月期の法人税逋脱については、被告人は、同社が同年五月十六日から大阪国税局の税務調査を受けたことにより、そのころ同社の従業員で経理担当責任者の山中正二に対し、今期は脱税をせずに正確に申告するようにと指示しておいたのであり、法人税確定申告書にそれまでに行われた脱税のための不正な経理処理がそのまま含まれていても山中らからその申告内容について説明を受けておらず、また、山中が既に行われた脱税のための不正な経理処理を修正せずに法人税の確定申告をしたのも、その修正のいとまがなくて、同社の顧問税理士に頼んで大阪国税局と所轄税務署に交渉してもらった結果、後日に修正申告をすればよいとの了解を得ていたからであって、被告人にはその法人税確定申告時に脱税の犯意が全くなかったのであるから、被告人にその犯意があったと認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査して検討するに、以下に説示するとおり、原判示第一の三の法人税逋脱につき被告人のその故意があったと認めた原判決の事実認定は肯認でき、原判決に所論の事実誤認はない。

所論主張の被告人が山中に対して今期は脱税せずに正確に申告するよう指示したとの点については、原審においても弁護人から主張されていたことであり、原判決は、その事実の存否についての判断を明示していないが、記録によれば、第一農林株式会社が平成元年三月期の法人税確定申告期限の迫った同年五月一六日から大阪国税局の税務調査を受けたことは明らかであり、所論主張のように、被告人は、右税務調査を受けたことから、そのころ同社の従業員で経理担当責任者の山中に「この期は、税金はきっちり納めるように」と言っておいたということは、あながち否定し難い。

しかし、原判示第一の三の所得秘匿の主な内容は、株式会社アクティブ住に対する土地売上金の一部除外、架空販売員給与の計上と関畿興産株式会社に対する架空貸倒損失の計上であるが、記録によれば、右売上金の一部除外と架空販売員給与の計上は、いずれも被告人の脱税の指示に沿って既に期中において不正に経理処理されてきたもので、被告人もそのことを承知していたことは明らかであり、また、右架空貸倒損失の計上も、山中が、被告人の脱税の意向に沿って、被告人が他の目的で入手した第一農林株式会社の営業とは無関係の約束手形を利用して昭和六三年三月期から不良債権を計上していたことによるもので、被告人も少なくともこの限りのことは知っていたものと認められるところ、山中は、平成元年五月二九日、同年三月期の法人税確定申告のためこれらの所得秘匿の不正経理処理を含めた決算資料を顧問税理士の事務所に届け、その申告書提出期限の同月三一日、その資料に基づいて同事務所で作成された原判示の法人税確定申告書を同事務所から所轄税務署に郵送により提出してもらったことが認められる。

所論は、前記のとおり、山中がこのように不正経理処理を含めた内容の法人税確定申告をしたのは、顧問税理士を通じて税務当局から後日に修正申告をすればよいとの了解を得ていたからであると主張し、山中の原審公判廷での供述中には右主張に沿う供述もあるが、この点については、右主張の事実は認められないとした原判決の説示は十分首肯でき、むしろ、山中の原審第五回公判期日における供述と、山中が平成元年六月一五日ころ以降に顧問税理士の事務所に過誤による決算修正資料と一緒に前記の売上の一部除外の修正資料も届けている事実とを併せて考察すると、山中は、自身で必要となれば後日に修正すればよいと考えて、前記のとおり不正経理処理を含めた内容の法人税確定申告をしたものと認められる。

そして、記録によれば、被告人は、前記のように山中が不正経理処理を含めた決算資料を顧問税理士の事務所に届けた平成元年五月二九日ころに、山中から同人が試算した第一農林株式会社の同年三月期のいわゆる仮決算について報告を受けたが、その際、山中に対し前記の売上の一部除外や架空販売員給与の計上につき修正したかどうかを確かめていないばかりか、前記関畿興産株式会社に対する架空貸倒損失も記載されたメモ(原審検察官証拠請求番号九二の山中の検察官調書に添付の資料二〇)を示されたことが認められ、これらの事実に、被告人の原審公判廷での供述によれば、被告人も、その当時、山中と同様に前記の不正経理処理について確定申告後に修正すれば足りると考えていたものと窺われることを併せて考察すると、被告人は、原判示第一の三の法人税確定申告において前記のような不正経理処理がそのまま含まれていることを認識していたものと認めるべきである。もっとも、所論は、被告人が山中から前記メモを示されたことはないと主張するが、この点についての被告人の原審公判廷での供述は必ずしも明瞭でなく、所論の主張に沿う山中の原審公判廷での供述は信用できず、これに対して右認定に沿う山中の前記検察官調書の供述記載は信用できるとした原判決の判断は十分肯認できる。

そうすると、被告人は、前記のように、以前に山中に対し今期はきっちり税金を納めるようにと言っておいたことがあっても、その法人税確定申告において前記の脱税目的の不正経理処理が含まれていることを認識していたのであるから、原判示第一の三の法人税逋脱について被告人にその故意がなかったとはいえない。このことは、被告人が後日に右不正経理処理を修正すればよいと考えていたにしても、同様である。

従って、原判示第一の三の法人税逋脱につき被告人梁に故意があったとした原判決の認定に事実の誤認はない。論旨は理由がない。

(二)  量刑不当の主張について

論旨は、要するに、原判決は被告人を懲役二年四月及び罰金七〇〇〇万円に処したが、原判決の量刑は懲役刑につきその執行を猶予しなかった点において重過ぎて不当である、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、被告人が代表取締役または実質的経営者として業務全般を統括していたいずれも不動産販売等を営業目的とするグループ会社三社の二期ないし三期(延べ七期)にわたる法人税を逋脱した事案であるが、その脱税額は、合計で一〇億円を超え、極めて高額であり、その脱税率も、前記の決算期に税務調査を受けた第一農林株式会社の平成元年三月期の分を除くと、平均八九パーセント余りにのぼる高率であって、このような本件の事犯自体からして、被告人の刑責は甚だ重いというべきである。所論は、この種事犯の量刑において脱税額及び脱税率ばかりを重視することは相当でないというが、本件のような脱税犯処罰の目的が、国の租税収入の侵害及び公平な租税負担義務の違反に対する非難とその防止にあることに照らすと、脱税事犯の量刑において、やはり脱税額及び脱税率は最も重視すべき要因である。

そうすると、本件脱税の動機は、主として、予想された不動産業界の不況に備えて利益を社内に留保しておこうとしたことにあり、被告人個人の蓄財を図ったものではないこと、既に本件脱税にかかる本税及び付帯税のほか関係地方税の大半が納付され、その残りの納付についても被告人において努力していることが認められるが、これらの事情に加えて、被告人が本件関係会社の経営等に欠くことのできない立場にあることや、被告人の健康状態、家庭状況等所論主張の諸事情を十分考慮しても、本件事犯自体からしての被告人の刑責の重大さに照らせば、本件は、懲役刑についてのその執行を猶予すべき事案とは認められず、原判決の量刑は、懲役刑の刑期及び罰金額においても重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

二  被告人大谷興産株式会社及び被告人大農建設株式会社の各控訴趣意について

論旨は、いずれも、原判決の量刑が重過ぎて不当であるというのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、被告人大谷興産株式会社の脱税額は、二期分の合計で三億三六七〇万円を超え、その脱税率は平均九三パーセントの高率であり、また、被告人大農建設株式会社の脱税額は、二期分の合計で三億二二四〇万円を超え、その脱税率は平均八〇パーセント以上の高率であって、両社共、既に本件脱税にかかる本税及び附帯税のほか関係地方税の大半を納付していることや、本件脱税期以後、経済不況により収益を挙げていないこと等、所論主張の諸事情を考慮しても、被告人大谷興産株式会社を罰金七〇〇〇万円に、被告人大農建設株式会社を罰金六五〇〇万円に処した原判決の量刑は、いずれも、重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は、いずれも理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 米田俊昭 裁判官 楢崎康英)

平成四年(う)第一〇八七号

○ 控訴趣意書

法人税法違反 被告人 大谷興産株式会社

同 同 大農建設株式会社

同 同 柳川博嗣こと梁廣相

右被告人らに対する頭書被告事件について、平成四年一〇月一五日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから申立てた控訴の理由は、別紙のとおりである。

平成五年二月二日

右被告人三名弁護人

弁護士 小嶌信勝

大阪高等裁判所第六刑事部 御中

目次

序論・・・・・・一四五三頁

第一、事実誤認について

一、はじめに・・・・・・一四五三頁

二、第一農林の平成元年度の法人税法違反の犯意の事実誤認に関する弁護人の主張について・・・・・・一四五四頁

三、原判決の問題点について・・・・・・一四五四頁

四、原判決の事実誤認について・・・・・・一四五五頁

第二、量刑不当について

一、被告人梁の量刑不当について・・・・・・一四六二頁

1、被告人梁の不可欠性について・・・・・・一四六三頁

2、本件犯行の動機・目的の特殊性-脱税所得の社内留保-について・・・・・・一四六七頁

3、本件犯行の手段・方法について・・・・・・一四七一頁

4、納税状況について・・・・・・一四七二頁

5、被告人梁の社会的貢献度について・・・・・・一四七四頁

6、被告人梁の改悛の情が顕著であることについて・・・・・・一四七四頁

7、被告人梁の家庭の事情等について・・・・・・一四七五頁

8、被告人梁に対する社会的制裁について・・・・・・一四七六頁

9、同種他事件との比較について・・・・・・一四七七頁

10、総括・・・・・・一四七九頁

二、被告人大谷興産、同大農建設の量刑不当について・・・・・・一四八一頁

(別紙)

原裁判所は、

「被告人大谷興産株式会社(以下「大谷興産」と略す。)は、大阪市中央区備後町三丁目二番八号に本店を置き、不動産業を営んでいるもの、被告人大農建設株式会社(昭和六三年二月五日付けの社名変更前は、大農株式会社。以下「大農建設」と略す。)は、大阪府東大阪市足代一丁目一二番一四号に本店を置き、不動産売買業等を営んでいるもの、被告人柳川博嗣こと梁廣相は、第一農林株式会社(大阪市阿倍野区阪南町一丁目四三番七号に本店を置き、不動産売買等を目的とする株式会社。以下「第一農林」と略す。平成三年一〇月二二日合併により解散した。)の代表取締役であり、右大谷興産及び大農建設の実質的経営者として、右各社の業務全般を統括しているものであるが、被告人柳川博嗣こと梁廣相は、

第一、第一農林の業務に関し、法人税を免れようと企て

一、昭和六一年四月一日から同六二年三月三一日までの事業年度において、その所得金額が四四、五九五、二四七円、課税土地譲渡利益金額は二九、六二九、〇〇〇円で、これに対する法人税額が二二、八〇八、三〇〇円であるにもかかわらず、架空の販売手数料を計上するなどの行為により、その所得の一部と課税土地譲渡利益金額のすべてを秘匿した上、同六二年五月二五日、大阪市阿倍野区三明町二丁目一〇番二九号所在の所轄阿倍野税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が七、六〇七、七四七円で、課税土地譲渡利益金額はなく、これに対する法人税額が九一五、一〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、法人税二一、八九三、二〇〇円を免れ

二、同六二年四月一日から同六三年三月三一日までの事業年度において、その所得金額が五六〇、六四九、六〇三円、課税土地譲渡利益金額は四九七、七八七、〇〇〇円で、これに対する法人税額が三四六、九三四、〇〇〇円であるにもかかわらず、不動産売買における仕入金額の水増、あるいは売上金額の圧縮等の行為により、その所得の一部と課税土地譲渡利益金額の一部を秘匿した上、同六三年五月三一日、前記阿倍野税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の欠損金額が、一二、八九九、三五二円、課税土地譲渡利益金額が一三七、九五四、〇〇〇円で、これに対する法人税額が二四、一一五、一〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、法人税三二二、八一八、九〇〇円を免れ

三、同六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度において、その所得金額が一四六、〇六一、一六三円で、これ対する法人税額が一三二、三六二、一〇〇円であるにもかかわらず、架空の貸倒損失を計上するなどの行為により、その所得の一部を秘匿した上、平成元年五月三一日、前記税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が八一、四一八、七二三円で、これに対する法人税額が一一八、五八六、三〇〇円(ただし、期限内申告所得金額に対応する土地重課税額一九、〇九二、五〇〇円を申告税額とみなして加算した。)である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、法人税一三、七七五、八〇〇円を免れ

第二、被告人大谷興産の業務に関し、法人税を免れようと企て

一、同六一年一一月一日から同六二年一〇月三一日までの事業年度において、その所得金額が三五五、七三七、一一六円、課税土地譲渡利益金額は二七〇、六一七、〇〇〇円で、これに対する法人税額が二〇一、〇六五、七〇〇円であるにもかかわらず、前掲第一の二記載の行為により、その所得の一部と課税土地譲渡利益金額のすべてを秘匿した上、同六二年一二月二八日、大阪市中央区大手町一丁目五番六三号(旧東区大手前之町一番地)所在の所轄東税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が六三、三二〇、一六九円、課税土地譲渡利益金額はなく、これに対する法人税額二五、一四八、六〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、法人税一七五、九一七、一〇〇円を免れ

二、同六二年一一月一日から同六三年一〇月三一日までの事業年度において、その所得金額が二四八、四九八、八一二円、課税土地譲渡利益金額は二一〇、二七一、〇〇〇円で、これに対する法人税額が一六三、六九七、五〇〇円であるにもかかわらず、仕入金額を水増するなどの行為により、その所得の一部と課税土地譲渡利益金額のすべてを秘匿した上、同六三年一二月二七日、前記東税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一四、三九三、三七六円で、課税土地譲渡利益金額はなく、これに対する法人税額が二、二九二、一〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、法人税一六一、四〇五、四〇〇円を免れ

第三、被告人大農建設の業務に関し、法人税を免れようと企て

一、同六一年一月一日から同六一年一二月三一日までの事業年度において、その所得金額が一三、〇五七、五八三円で、これに対する法人税額が四、五四二、一〇〇円であるにもかかわらず、売上金額の一部を除外するなどの行為により、その所得の一部を秘匿した上、同六二年二月一六日、大阪府東大阪市永和二丁目三番八号の所轄東大阪税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が二、七三九、一三三円で、これに対する法人税額が七二一、五〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、法人税三、八二〇、六〇〇円を免れ

二、同六二年一月一日から同六二年一二月三一日までの事業年度において、その所得金額が五七八、六二八、〇〇〇円で、これに対する法人税額が四一四、四一四、五〇〇円であるにもかかわらず、前掲第一の二記載と同様の行為により、その所得の一部と課税土地譲渡利益金額の一部を秘匿した上、同六三年二月二九日、前記東大阪税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一七五、四八〇、〇三三円で、課税土地譲渡利益金額が一一七、六四二、〇〇〇円(ただし、申告書は誤って七六、四四三、〇〇〇円と記載。)である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、法人税三一八、六四一、五〇〇円を免れ

たものである。」

との公訴事実について、前記第二、一、記載の「所得金額」「三億五五七三万七一一六円」を「三億五四三三万八一一六円」と、同項記載の「脱税金額」「一億七五九一万七一〇〇円」を「一億七五三二万九六〇〇円」と、前記第三、二、記載の「所得金額」「六億七五三一万四一三二円」を「六億七五二一万四一三二円」と、同項記載の「脱税金額」「三億一八六四万一五〇〇円」を「三億一八五九万九五〇〇円」と、いずれも、極く一部ではあるが、縮小認定した外、大筋において、公訴事実を全面的に認容して、

被告人大谷興産を罰金七、〇〇〇万円

被告人大農建設を罰金六、五〇〇万円

被告人梁廣相を懲役二年四か月及び罰金七、〇〇〇万円

に処する旨の判決を言い渡した。

しかしながら、原判決には、以下述べるとおり、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり、かつ、量刑が不当につき、到底破棄を免れないものと思料する。

第一、事実の誤認について

一、はじめに

被告人及び弁護人は、原審において、本件法人税法違反について、公判の当初から、その違反の大綱は認めてきたが、二点だけ、事実関係を争ってきた。その一つは、検察官の主張する「架空仲介手数料」であり、他のの一つは、第一農林の平成元年三月期の法人税確定申告の法人税法違反についての「被告人梁廣相の脱税の犯意」についてであった。その内、「架空仲介手数料」については、第一農林、大谷興産、大農建設の三社(以下「第一農林グループ三社」という。)を一括して計算すると、検察官の主張を認容した方が、税額計算の上で被告人梁にとって却ってやや有利である上、原審で慎重なご審理を賜わった結果、前記のとおり、原判決において、検察官主張の脱漏所得金額及び脱税金額を一部縮小認定していただいたので、この点に関する原判決の認定を認容することとし、控訴審における事実誤認の問題は、第一農林の平成元年度の法人税法違反の被告人梁の犯意の一点に絞り、事実誤認を主張し、その意見を陳述する。

二、第一農林の平成元年度の法人税法違反の犯意の事実誤認に関する弁護人の主張について

この点の弁護人の主張は、原判決の弁護人の主張の項に記載のとおりである。すなわち、この期の申告期限前である平成元年五月一六日、第一農林グループ三社は、突然、大阪国税局資料調査課の税務調査を受けたことから、被告人梁は、経理担当責任者の山中正二に対して、「この期は、税金はきっちり納めるように」と、脱税をせずに正確に申告するように指示した(検察官証拠請求番号六六の山中正二に対する質問顛末書参照)。また、この期の確定申告書に、右指示以前に不正経理処理をしていた部分が修正されずに含まれていたとしても、被告人梁は、その具体的な内容の説明を受けていない。山中正二が、既に、脱税のために経理処理されていた分について修正申告しなかったのは、大阪国税局資料調査課の調査の対応に忙殺されていたことと、南口税理士に依頼して大阪国税局との所轄税務署に交渉してもらった結果、修正すべきものについては、後日修正申告すればよいとの了解を得ていたからである(山中正二の原審第六回公判における尋問調書参照)。従って、被告人梁については、第一農林の平成元年三月期の確定申告の際には、脱税の犯意が全くない。

三、原判決の問題点について

原判決は、『この期におけるほ脱科目は、いずれも、被告人梁が、「納める税金をもっと少なくしろ。」と指示したことに基づいて、山中らが既に期中において処理してしまっているものばかりである。したがって、被告人梁が、これらを修正しないまま申告してしまったことを認識、認容していたかどうかが問題である。』として、検察官証拠請求番号一五七(平成二年六月一八日付被告人梁の検察官調書)末尾添付の資料7を山中正二が確定申告の前に被告人梁に示して説明していることが記載されている山中正二の検察官調書(検察官証拠請求番号九二)の供述記載を信用して、被告人梁は、第一農林の平成元年三月期の申告内容に不正な部分が含まれていることは認識・認容していたと認定し、後に修正すればよいと思っていたとしても、故意がないということはできないとして、被告人梁の犯意を認定している。しかしながら、この認定は、証拠の価値判断を誤った事実誤認と言わざるを得ない。

四、原判決の事実誤認について

1 この期の確定申告の際に、被告人梁に、法人税法違反の犯意があったかどうかを判断するに当たり重要なことは、被告人梁が、平成元年五月一六日に大阪国税局資料調査課の税務調査を突然受けたとき、経理担当責任者の山中正二らに、この期の申告は、脱税をしないように特に注意した点が、確定申告の際に、変更されたかどうかである。

2 被告人梁は、右国税局の資料調査課の調査を受け、それまでに、脱税してきたことを深く反省するとともに、これを機会に、正確に申告すべきであると決意して、経理担当責任者の山中正二らに、この期の申告はきっちり申告して、税金を払うように指示しており、このことは、検察官証拠請求番号六六の山中正二に対する質問顛末書に、

「まず、平成元年三月期の状況について説明します。先程も説明しましたが、決算作業の最中に資料調査課の調査を受けましたので、社長からは、“調査中でもあるので、今年はきっちり税金を払うように”と話がありました。私としては、できるだけ念査して決算書を作成したつもりでしたが、結果として、実測清算金二四〇〇万円余り、収入除外(圧縮取引)一〇〇〇万円、架空人件費六〇〇万円、合計四〇〇〇万円余りの所得が過小となってしまいました。」

と記載されていることから明らかである。

右質問顛末書は、本件の査察調査が開始された当初に作成されたものであり、その記載内容の信用性は極めて高いと言わなければならない。

大阪国税局の資料調査課の調査が開始されたときに、被告人梁が、このように明確に、経理担当者に、この期は、脱税をしないように指示しているのであるから、この指示の段階で、従来経理担当者に対して、税金はできるだけ安くなるように申告するよう、脱税の指示をしていたことが完全に撤回され、事後、被告人梁には、この期の申告について脱税の犯意が全くなくなっていたのである。従って、この期の確定申告の際に、被告人梁が、前記のとおり、この期は脱税しないように指示したことを撤回・変更して、脱税する意思のもとに、この期の法人税確定申告書を認容して、担当者に税務署へ提出させたかどうかが、最も問題であるが、被告人梁には、この期の申告は、脱税しないように指示した以後、その意思を撤回したり、変更したことは全くなく、そのような証拠も存在しない。ただ、原判決は、山中正二の検察官調書(検察官証拠請求番号九二)の供述記載を信用して、この期の確定申告に際し、山中正二が、被告人梁に対して、検察官証拠請求番号一五七(被告人梁の平成二年六月一八日付検察官調書)末尾添付の資料7を、被告人梁に示してその内容を説明した上、申告しているから、被告人梁は、この期の申告について、脱税の意思があったと認定している。

3 検察官証拠請求番号一五七末尾添付の資料7(以下「資料7」とう。)について

被告人梁は、信じられない程経理事務については、全く知識がなく、経理担当責任者の山中正二らに任せ切りであったことは事実である。従って、本件で押収された各社の帳簿・伝票等の経理事務の書類には、被告人梁の決裁印が一切なく、現実に、その決裁をしていなかったのである。被告人梁は、この期の申告の際に、山中正二からメモに基づいて説明があつたが、資料7を示されたことがないと、法廷で陳述し、山中も資料7を被告人梁に示したことがないと供述している。

原判決は、右被告人梁及び山中正二の各法定供述を信用できないとして排斥し、右山中正二の検察官調書の供述記載を信用して、前記のとおり認定しているのである。しかしながら、右山中正二の検察官調書を子細に検討すると、被告人梁が、前記大阪国税局資料調査課の調査を受けた際に、経理担当責任者の山中正二に対して、今期は脱税しないように明確に指示したことが、何等変更された形跡がない。すなわち、右検察官調書には、右資料7を被告人梁に示して決裁を受けた旨の記載があり、「社長は、細かなことは御存じなくとも、不正な経理操作をして、所得及び法人税額を過小に申告していることは十分分かっておられたはずです。社長の指示でなければ、我々も好んでこんな不正経理はしませんでした。」と、あたかも被告人梁に、この期の申告についても、脱税の犯意が明白であるかのごとき記載が一応なされているが、山中が、大阪国税局の資料調査課の調査を受けた際に、被告人梁から、「今期は脱税しないように」という指示があったのにもかかわらず、申告の際に、この指示が変わったのかどうかについて、何の記載もないのである。検察官が、前記山中正二の質問顛末書記載の、被告人梁の、山中正二に対する脱税をしないようにと指示したことについて、問題意識があれば、当然、この点を山中正二に追及して、この申告前の被告人梁に対する説明の箇所で、「前にこの期は、脱税しないように指示していたが、既に、経理処理している分は、そのままにして、申告しなさい」という指示があったとか、「いままで、脱税の経理処理をしている分は、資料調査課の調査では分からないだろうから、そのままにして申告しなさい」とか、何かこの期について、不正の申告をすることについての相談をした記載がなければならないのに、そのような記載は全くない。

本件は、脱税額が巨額に上るため、被告人側に何らかの言い分があっても、査察官や検察官の主張に反対すると、逮捕される虞れが十分あった事案である。このような情勢下にあり、被告人梁は、本件で査察調査を受けてから、自己の責任を痛感するとともに、脱税額が巨額に上るため、逮捕されることを虞れ、その大筋においては、間違いない事案であるから、少し位主張したいことがあっても、査察官や検察官の意に反しないように供述し、自己の関係者に対しても、査察官や検察官と争わないように指示していた関係上、査察調査は極めてスムーズに進み、逮捕されることもなく、不拘束で起訴される至ったのである。

このような捜査状況の下では、往々にして、供述者が供述したことがないことで、査察官や検察官が考えたことが、質問顛末書や検察官調書に記載されることがあるのである。この期の申告に関する被告人梁の犯意の点については、まさに、査察官が、前記のとおり、被告人梁が、大阪国税局資料調査課の調査開始されたとき、経理担当責任者の山中正二らに、この期は脱税しないように明確に指示したことについて、山中正二の質問顛末書を作成しながら、事後この供述を完全に無視し、従前の期における脱税と完全に同視して、意のままに記載していることが、被告人梁及び山中正二の質問顛末書や検察官調書の記載内容から歴然としている。このような査察官の質問顛末書や検察官調書の記載には、到底信用性がないと言わなければならない。

また、検察官は、前記のとおり、この点に関する山中の質問顛末書についての問題意識がないばかりでなく、この期の被告人梁の犯意認定の重要資料とされる資料7について、検察官自身十分な理解がないまま、検察官調書が作成されているのである。すなわち、

前記のとおり、検察官証拠請求番号九二の山中の検察官調書では、資料7と同一のものが、資料〈20〉として示され、「この収支のメモが、仮決算のとき、私が社長に見せて説明するメモです」と記載されているのに、検察官証拠請求番号一五七の被告人梁の検察官調書では、資料7として被告人梁に示され、「このメモ書きのようなものを見せながら、山中らが、仮決算の報告をしてくれるのです。これは、第一農林株式会社の平成元年三月期の決算修正にかかる資料ということですが」と記載されている。この調書記載の、「これは、第一農林株式会社の平成元年三月期の決算修正にかかる資料ということですが」ということを被告人梁が言う筈は全くなく、この記載こそ検察官がそのように考えていたことを被告人梁の供述として記載したものであることは明白である。この調書を作成した検察官は、前記山中正二の検察官調書を作成した検察官と同一なのである。この資料は、山中正二の法廷供述によると、仮決算用のメモであって、仮決算用を修正した資料ではないのである。従って、検察官自身、資料7の内容の意味がよく分かっていない証拠である。財政経済係検事として、脱税事件を専門に捜査処理している検察官でさえ、この資料7の仮決算用のメモを仮決算を修正したメモと間違えて調書を作成しているのであるから、いわんや、会計・経理実務のことが全く分からない被告人梁においては、たとえ、この資料を見せられても、よく意味が分からなかった筈である。被告人梁が、逮捕されることを虞れて、査察開始当初から全面的に降伏している事件については、このような検察官の考えや意見を供述人の供述として記載される危険がよくあるのである。

4 その他、この期の申告について、被告人梁に犯意があったという資料は、総て、それまでの脱税と同様、被告人梁から、「税金はできるだけ安くなるように」と指示されていたので、山中らが、その意を受けて、脱税工作をしていたので、被告人梁も当然そのことは、知っていた筈であるという記載のものばかりであり、この期の申告前に、大阪国税局の資料調査課の調査が入ってから、直ぐ、被告人梁が、経理担当責任者の山中正二らに対して、国税局の調査が入ったから、この期は、脱税せずに、申告するように指示したことが、その指示後、どのように指示が変わったのかについては、全く何も触れられていない。

被告人梁の脱税の方法は、他の大きな脱税事件と全く異なり、三社で合計約一〇億円余の脱税をしているのに、その大部分を簿外に抜いておらず、被告人梁の個人的な利得を図ることなく、社内に留保していたのである。また、大阪国税局から、特別に、資料調査課の調査が入った以上、この期の申告期の申告前であったから、前記のとおり、被告人梁が、経理担当責任者に対して、この期は、脱税しないように明確に指示していたのである。どのような人であっても、現に申告期限直前に、国税局の特別調査が開始されたのであるから、この期の申告は、脱税しないようにするのが、人間感情の自然的な発露であり、被告人梁から、特別調査開始と同時に、この期は脱税しないように、明確に、経理担当責任者に指示がなされているのに、それが結果論として守られていなかったとしたら、どうして、被告人梁の指示が守られなかったかについて、被告人梁や山中正二の質問顛末書や検察官調書に合理的な説明が記載されていなければならないのに、その点の記載が全くない前記山中正二の検察官調書の記載のみを信用して、被告人梁の犯意が認定した原判決の事実誤認は極めて明らかである。

5 大阪国税局と所轄税務署に、事前了解を得た問題について

この期の申告に当たり、南口税理士に依頼して、大阪国税局と所轄税務署に交渉してもらい、税務調査の応対等に忙殺されて、とても土地重課の計算等が申告期までに間に合わないので、とにかく申告期限内に申告だけ済ませて、土地重課等修正すべきものは、申告後修正したらよいという了解を得ていたことは、山中正二の第六回公判の尋問調書の記載により明らかである。

原判決は、この点について、「なお、南口税理士と税務署との交渉については、南口税理士の質問てん末書(一一三、一一四、二四八、二四九)や山中の公判供述によれば、山中から相談を受けたのは、土地重課についてだけで、架空貸倒や架空の販売員給与の点は相談されていなかったことが認められること、だからこそ土地重課の関係では修正するということで国税当局に認容してもらっていることが窮われる」と判示している。

南口税理士の質問顛末書(検察官証拠請求番号一一三)には、査察官から、平成元年六月二二日南口税理士事務所で押収された「決算資料等(修正分)(袋入)一袋」を示されて、その修正内容の説明を求められ、その答えとして、「谷事務員が、山中正二から「資料調査課からの調査の対応で忙しい。どうしても法人税確定申告書の提出期限には、土地重課の計算ができないのでどうしたらいいか」という相談があったので、私が、阿倍野税務署の係官と、資料調査課の係官に、期限内に本税のみの確定申告書を提出し、土地重課については後日修正申告してもよいかと相談し、とりあえず、本税のみの法人税確定申告書を期限内に提出することになり、そのことを山中正二に電話で伝えた」旨記載されている。この記載を見ると、確かに、南口税理士が当局に相談したのは、土地重課税のみの修正申告の了解を受けたようになっているが、前記同税理士事務所で押収された「決算資料等(修正分)」を示されて、その「修正内容とは、どのような修正ですか」という問の答えとしては、前記呈示された修正分の資料についての説明が全くないばかりでなく、その答えが、査察官の都合のよいように、土地重課の点のみ後日修正すればよいという相談を当局としたように、すり替えられているのである。

この前記押収された決算資料(修正分)というのは、南口税理士事務所の事務員である谷和則の質問顛末書(検察官証拠請求番号一一六)末尾添付の決算修正のための振替伝票四八枚であって、その中には土地重課の修正分が一枚も含まれていないのである。

このように、南口税理士の質問顛末書には、確かに、土地重課の修正のことしか記載されていないことは事実であるが、土地重課の計算はもとより、土地重課の関係以外で、申告期限内に申告した分について修正すべき点が沢山あったが、資料調査課の対応に追われて、申告期限内の申告までに修正できずに、その後修正のために、逐次、修正の仕訳伝票を作成して、南口税理士に送付していた伝票が、本件の査察調査の着手の際に、南口税理士事務所で四八枚も査察官に押収されているのに、この伝票の説明が、南口税理士の質問顛末書には、何も触れられていないのである。若し、山中正二が、この四八枚の修正の仕訳伝票分について、脱税するつもりでいたのならば、絶対に、南口税理士のところへは、この修正伝票を送付していない筈である。この修正伝票は、査察調査が開始された後に作成されたものならば、少なくとも、山中正二には脱税の意思があったと推認されてもやむを得ないかも知れないが、査察官による査察着手の際の捜索で、南口税理士の事務所で押収しているのであるから、この点について、山中正二が、当公判廷で詳しく供述しているとおり、大阪国税局資料調査課の調査の対応に追われて、申告期限内に、正確な申告が出来ないから、南口税理士を通じ、大阪国税局と所轄の阿倍野税務署の了解を得て、土地重課の修正はもとより、その他の修正分も、この期については、申告後修正申告すれば、脱税にはならないと考えていたことが明らかである。しかるに、原判決は、山中正二の当公判廷における供述をどうして間違えたのか、山中正二が、南口税理士の質問顛末書の記載と同様、税務当局の了解は、土地重課のみであると公判廷で供述したように認定しているのである。この点は、原判決の明らかな事実誤認である。山中正二は、当公判廷においては、税務当局の了解を得たのは、土地重課だけであるとは、絶対に述べていないのである。

第二、量刑不当について

一、被告人梁の量刑について

原裁判所は、被告人梁に対し、前記のとおり、「懲役二年四か月及び罰金七〇〇〇万円に処する。罰金を全部納めことができないときは、二〇万円を一日に換算した期間労役場に留置する。」との判決を言い渡したが、右判決は、以下述べる理由により、右懲役刑に執行猶予を付さなかった点において、量刑重きに失し、不当であるから破棄を免れない。

1 被告人梁の不可欠性について(この項は、控訴審において立証する。)

第一農林グループ三社は、昭和五八年ころから、被告人梁の長年にわたる誠実な信用の積み重ねが評価されるとともに、その人柄によって、営業面においては、住友・三井・安田・中央・東洋各信託銀行及び大和銀行等、一流の金融機関の不動産部との取引が開始され、また、(株)大林組、(株)長谷工コーポレーション、(株)ニチモ、住友不動産(株)、伊藤忠ハウジング(株)、東急リバブル(株)、帝人殖産(株)等上場企業との取引がなされ、業界では、知名度も高まり中堅上位の地位を占めるに至ったのである。

一方、金融面においても、被告人梁の長年にわたる厚い信用と個人保証によって、第一農林グループ三社に対して、延べ二一行に上る金融機関の積極的な支援を受けて来た。しかし、国の行政の国土法強化策により、不動産に対する金融総量規制、税制面の強化が発端となり、バブル経済が崩壊し、不動産業界は予想以上の壊滅的打撃を受けた。

このような一大不況の中にあって、第一農林グループの平成四年一一月三〇日現在の営業概況は、後記のとおりであり、借入金は、合計約一二四億六三〇〇万円余に上り、これに対する金利負担は余りにも大きく、年間金利は、合計約一一億一八〇万円となっている。そのため、相互信用金庫、朝銀大阪信用組合等は、平成四年一〇月までの金利相当額の融資措置をしてもらい、加えて、大阪東信用組合、信用組合大阪商銀の各金融機関も、物件融資の際の担保定期預金を解約して、金利への充当と借入金元金返済に充当する措置を講じ、また、末尾添付の「利率変更による年間金利表」記載のとおり、各金融機関が金利の減免を図るために、貸出金利率の改善を講じてもらっている。その結果、今後年間の支払利息の合計は、約九億三七〇〇万円となり、金利引き下げ前に比較すると、年間約一億六四八〇万円の軽減となった。ただ、大阪商銀は、九・五%、大商リースは、九・四%の利率を、平成五年一月までの金利について、いずれも、五%、平成五年二月以降は、いずれも六・五%の利率に改定措置をしてくれたが、この利率でもって、平成七年七月末日までの三ケ年分の利息(大阪商銀は、二億四二五四万八千円、大商リースは、二億三四八五万七千円)の約束手形の振出を条件とされた。従って、今後、平成七年七月末日まで、毎月一三二六万円余の手形決済を続けていかなければならないのである。

また、現在、各金融機関に対して、第一農林グループの誠意の一端として、一ケ月合計三〇〇万円前後の金利を支払っている。一行当たりにすると、僅かな金額であるが、各金融機関も、その誠意を評価して、業界の景気回復まで待つということで、了解を得ている。なお、業務推進の拠点である第一農林ビル、被告人梁の自宅及び手塚山社宅の三か所については、第一農林本社ビルの融資銀行である福井銀行に対し、毎月四四〇万円の内、四分の一に相当する一一〇万円を、手塚山社宅の月額返済金七二万円の内、五〇万円を、被告人梁個人自宅のローンの月賦返済金二六七万円の内、二〇〇万円、計三六〇万円と、大阪商銀、大商リース分月額一三二六万円と各金融機関への金利約月三〇〇万円とを併せ、毎月一九八六万円の支払をする必要がある。

現在、第一農林グループ三社の収支は、固定収入であるマンション賃貸収入が約一一九〇万円に対して、支出は、人件費約五五〇万円、諸経費約五〇〇万円、税金約一四〇万円であり、余剰金は零の状態である。従って、被告人梁自身が、毎月の不足金約二〇〇〇万円を、自己の営業努力と信用によって調達し、何とか凌いでいるが、金融機関に対しては、不本意ながら支払停止の措置を採らざるを得ない状態である。また、本件の起訴された脱税額は、合計約一〇億円余であるが、これに重加算税等が加わるために、納付すべき税金は、約二三億四〇〇〇万円余にも上り、その内、約一八億五一〇〇万円余を納付したが、なお、約四億九二〇〇万円余の未納の分納分があり、毎月分割納付のために苦慮している。不動産業界の景気回復までには、三年ないし五年を要すると言われているために、第一農林グループ三社では、被告人梁を抜きにして、会社の維持存続は全く考えられないのである。このような危機的状態のときに、被告人梁が、万一、実刑が確定して収監されると、毎月の資金不足約二〇〇〇万円の調達が不能となるばかりでなく、各金融機関は、被告人梁の厚い信用力により支払猶予をしてきたが、その支柱が無くなると、抵当権の実行、国税当局等税務当局も差押物件の公売という最悪の事態を招くことは必至であり、また、前記一流信託銀行を始め大手取引先が取引停止を通告してくることも必至であり、かくては、第一農林グループは、倒産崩壊に追込まれることは、火を見るよりも明らかである。さすれば、前記未納税金の納付が不能になるばかりでなく、罰金刑の罰金の支払も不能となり、三二名の全社員と一二〇名の家族が路頭に迷う死活問題であり、また、各金融機関は言うに及ばず、取引先及び一般顧客に対しても多大な被害を与えることになることは、必定である。このように、被告人梁は、第一農林グループ三社にとっては、絶対に不可欠の人物である。

第一農林グループ三社の平成四年一一月三〇日現在の経営の概況は、次のとおりである。

〈1〉 第一農林について

第一農林は、一月期決算につき、まだ今期の決算は、できていないが、平成四年一一月三〇日現在の経営状況について、同社の合計残高試算表に基づいて概観すると、次のとおりである。

売上高 一億一〇〇五万一七九八円

売上原価 九二七万三六〇〇円

売上総利益 一億〇〇七七万八一九八円

販売費・一般管理費 八四六七万八八九一円

営業利益 一六〇九万九三〇七円

支払利息 四億四九〇一万三八八五円

経常損失 三億四五六二万九五七八円

当期損失 三億五一二四万二五七八円

土地 二一億〇五七〇万〇〇〇〇円

短期借入金 四四億五五二五万六五〇三円

長期借入金 二七億七四三三万三〇八八円

〈2〉 大谷興産について

大谷興産は、一〇月期決算につき、平成四年一〇月期決算の決算報告書に基づいて、その経営の概況を見ると、次のとおりである。

売上高 一一五二万七七七二円

売上総利益(売上原価零) 一一五二万七七七二円

販売費・一般管理費 二七三六万六四四九円

営業損失 一五八三万八六七七円

支払利息 一億九五六八万二三七三円

経常損失 一億八三〇三万七六一一円

当期損失 一億七七一一万〇三二七円

前期繰越損金 一億〇六五七万〇八六九円

当期未処理損失 二億八三六八万一一九六円

短期借入金 二二億九二八五万四一五二円

長期借入金 二七八三万七九六四円

〈3〉 大農建設について

大農建設は、一二月期決算につき、今期の決算書類はまだ出来ていないが、平成四年一一月三〇日現在の同社の合計残高試算表に基づいて、同社の経営状況を概観すると、次のとおりである。

売上高 二億六一二六万四三九四円

売上原価 三億一七〇五万九二四五円

売上総損失 五五七九万四八五一円

販売費・一般管理費 六一〇八万一九二五円

営業損失 一億一六五八万八五二六円

支払利息 二億三一九九万〇一九六円

経常損失 二億五七五五万五六四〇円

当期損失 二億五七〇二万六三二三円

土地 〇円

短期借入金 二九億一二〇六万九一五〇円

長期借入金 〇円

以上のとおりであり、三社とも、欠損状態であり、その借入金が、三社合計一二四億六三六八万二二二六円に上っている。

2 本件犯行の動機・目的の特殊性-脱税所得の社内留保-について

本件の脱税額は、

第一農林関係で、計三億四四七一万二一〇〇円

大谷興産関係で、計三億三七三二万二五〇〇円

大農建設関係で、計三億二二四六万二一〇〇円

三社合計で、一〇億〇四四九万六七〇〇円

に上り、脱税率は、高額であり、脱税率も高く、その点では、犯情が重いのであるが、その犯行の動機は、専ら、不動産業界の来るべき不況期に備えての、利益の社内留保にあったもので、かつ、実際に、大部分が社内に留保されていたものであり、脱税によって、簿外に財産を隠匿したり、被告人梁個人の利得を得ようとしたものではないのである。この点、この種高額の脱税事犯には、極めて稀な事案である。

被告人梁は、次のことから、不動産業界に必ず不況期が訪れると判断していた。すなわち、昭和六二年ころから、いわゆる「総量規制」ということで強化された。次いで、同年夏には、土地重課税の二〇パーセントから三〇パーセントに強化され、更に、同年一二月一日から国土利用計画法による監視区域が拡大され、三〇〇平方メートル以上の売買がすべて届出制となり、市内全域に適用された。

この相次ぐ規制強化のため、被告人梁は、危機感を強く覚え、その上、韓国人であるために、規制強化に入ってからは、金融機関が融資する際に、差別扱いされて、選別融資の対象になることが必至であったため、第一農林グループ三社の倒産を防止して、第一農林グループ三社の存続を図るためには、不動産好況期に得た利益を社内に留保するしか、やがて訪れる不況に備えて会社を守る手段がないと考えて、本件犯行に及んだものであり、通常の高額脱税事犯のように、個人の利得を図るために、巧妙な方法で、所得を隠して、個人利得していたものでは絶対にないのである。

大阪国税局及び大阪地方検察庁特別捜査部が徹底的に調査・捜査した結果、被告人梁の意を受けた経理担当者による極めて幼稚な手段方法によって、第一農林グループ三社で、約一〇億円に上る多額の脱税をしていたことは間違いないが、その大半は、社内に留保されており、その脱税額の内、被告人梁が利得したものは、一部簿外経費支出のために、簿外に留保保管していた資金の内、韓国の郷里の先祖の墓を建立した費用等数百万円に過ぎないことが明らかになった。脱税額が一〇億円余に上る高額の脱税事件では、稀に見る個人利得の少ない脱税事犯である。

脱税事件の犯情を判断するに当たり、重要なことは、脱税した金の使途であるが、本件のように、多額の脱税をしていながら、社長個人の利得が殆どなく、大部分社内に留保されているという事案は極めて稀である。この点を特にご斟酌願いたい。

本件が、どうして被告人梁の個人的利得が殆どないかというと、被告人梁の本件脱税の動機・目的が前記のとおり、不動産業界の全盛期に多額の利益を得たが、やがて来るであろう不動産業界の不況期を見越して、利益を社内に留保するためだったからである。

それでは、不動産業界が不況になった場合、どうして社内に利益を留保しておく必要があったかというと、不動産業界が不況になれば、金融機関による融資先の選別が厳しくなり、被告人梁のような韓国人に対しては、通常の金融機関からの融資が殆ど受けられなくなるから、利益を社内に留保しておく必要があると考えたからである。さもなければ、不動産業界が不況になった場合、たちまち、倒産の憂き目に逢う虞が大なのである。民族差別問題は、洋の東西を問わず、古くして新しい問題であるが、わが國では、残念ながら、まだ、韓国出身者は、経済界において、かなりの差別を受けているのが実情である。被告人梁は、関西の私立大学の名門である同志社大学を優秀な成績で卒業し、新聞記者を志したが、韓国人なるが故に、一流の新聞社の門戸は難く、名もない三流の新聞社に就職せざるを得なかったのである。その後、転じて不動産業を始めてからも、金融機関からの融資問題で、絶えず、韓国人なるが故に差別されていたことを身をもって体験し、たまたま、起訴状記載の脱税をした時期が、いわゆるバブル経済のときで、不動産業界が異常な好況を呈し、予想外の多額の利益を上げることが出来たが、このような好景気は永続せず、やがて必ず不況が訪れるに違いないと考え、そのときには、韓国人なるが故に、選別融資の対象外となり、金融機関からの融資が受けられなくなることを見越し、悪いとは知りつつ、経理担当者に脱税を指示して、利益を社内に留保していたのである。被告人梁が予測していたよりも早く、不動産業界の大不況が訪れ、バブル経済がもろくも破綻し、現在、不動産業者が、相次いで倒産しており、不動産業者に多額の融資をしていた多くのノンバンクはもとより、正規の金融機関までが経営が危機状態に陥るとろが生じ、社会問題となりつつあることは、公知の事実である。

ただ、本件脱税額の内、一部について、簿外経費を支出するために、簿外で保管していたものがある。それは、本件脱税の内、「架空人件費」の計上分と、取引先の要望により、売上金額を二口圧縮計上した分である。しかし、これとても、被告人梁の実名による個人預金名義で普通預金にしたり、一部現金で保管していたが、被告人梁個人が利得するためのものではなく、第一農林グループ三社の表経理で支出できにくい「簿外経費」を支出するために、被告人梁が個人で保管していたものである。

通常、このような方法で、個人が保管している場合は、どうしてもルーズになり、個人の用途に費消され易いものであるが、その中で、被告人梁が、個人の用途に費消したのは、韓国の郷里における先祖の墓の建設資金として数百万円を支出しただけで、他は、総て、第一農林グループ三社のために、簿外経費として支出したものである。このことは、捜査当局も、よく理解され、検察官作成の「修正損益計算書」において、「接待交際費」を、第一農林グループ三社で、合計五一九〇万三五五七円認定しており、その間の右三社の「架空人件費」の計上分と、前記「売上金額の圧縮」計上分について被告人梁が個人で保管していた合計五三六五万五三二七円とを比較すると、大差がなく、右簿外で保管していた資金の大部分について、簿外の接待交際費に支出したことが認定されているのである。

以上のとおり、被告人梁は、第一農林グループ三社で、合計一〇億円余に上る脱税をしていながら、被告人梁個人のために費消したものは、極く僅かであって、巧妙な手口で簿外資金を捻出して個人の不動産を購入したり、匿名預金・仮名預金をして財産を隠したり、株等の有価証券を購入したり、女性関係に費消したりという、通常の多額脱税事犯によくある悪質な個人利得・個人費消が殆どない事犯である。また被告人梁が、個人で保管していた簿外資金についても、前記のとおり、大部分が、簿外の交際費に費消されていることが、国税局査察部の調査でも認められているのである。これによって明らかなように、本件犯行の動機は、専ら、被告人梁が、不動産業界の不況に備えての利益の社内留保であったことが明白であり、この社内留保があったればこそ、予想外のバブル経済の破綻があり、大不況が訪れているのに、後記のように、既に、一八億円余に上る税金を納付することもできたのである。

3 本件犯行の手段・方法について

被告人梁は、驚く程会計・経理の知識がなく、経理担当者に対して、税金をできるだけ安くして、利益を社内に留保するように指示をするだけで、具体的な脱税の手段・方法については、経理担当者に任せ切りであるため、真実、脱税の手段・方法の具体的なことは分からなかったのである。その上、経理担当者が実施していた脱税の手段方法は、比較的幼稚なものばかりであり、経理担当者が考えた主な方法が、第一農林グループ三社間における売買の際に、「仕入の水増」記帳と「売上金額の圧縮」記帳であった。

不動産業者の脱税の手口で、一番多いのは、「売上金額の圧縮」記帳であるが、その場合には、買主と意を通じて、本当の契約金額を記載した契約書と契約金額を圧縮して記載した契約書の二重の契約書の作成する方法が通例であるが、本件の脱税では、第一農林グループ三社が、他から仕入れた際には、絶対に仕入金額の水増しをしないし、他に売却した場合にも、売上金額を圧縮記帳していなかったのである。ただ、本件の合計約一〇億円余に上る脱税事犯の中で、他に売却した物件の内二件だけについて、買主の要望により、一〇〇〇万円ずつ計二〇〇〇万円圧縮して記帳した分があるに過ぎない。これは、全くの例外であり、この圧縮計上により、簿外に浮いた金員は、前記のとおり、被告人梁が保管して、右三社のための簿外経費に支出していたのである。前記本件脱税の手口は、極めて幼稚な手口であり、税務調査があれば、簡単に発覚するものである。経理担当者は、第一農林グループ三社の決算期が異なるところから、このような幼稚な方法を考えて実行していたものであるが、三社の決算期が異なっていたとしても、税務調査の際に、三社の帳簿を照合調査すれば、いとも簡単に、不正経理が発覚する極めて幼稚な手口のものである。

4 納税状況について(この項は、控訴審において立証する。)

本件犯行の動機は、前記のとおり、不動産業界の不況期に備えて、利益を社内に留保するためであり、被告人梁の予測したとおり、バブル経済が破綻して、不動産業界は、予想以上の大不況期に入ったが、右不況期に入りかけたときに、本件脱税が発覚したので、社内に留保した脱税によって得た資産は、総て、税金として納付された。

すなわち、弁第一号証ないし第三号証の各社の「国税・地方税納付状況表」に記載されているとおり、大阪国税局査察部の調査結果どおり修正申告して、平成二年三月三〇日に、

第一農林 国税(法人税本税) 五億〇〇〇〇万八五〇〇円

大谷興産 同 三億四一一六万九三〇〇円

大農建設 同 三億四一七三万九二〇〇円

合計 一一億八二九一万七〇〇〇円

を納付し、平成四年一一月三〇日現在までに、右納付分を含め、国税本税・付帯税(重加算税・過小申告加算税)、国税延滞税、地方税(法人府民税、法人事業税、法人府民税事業税延滞金、法人市民税、法人市民税延滞金)の納付状況は、次のとおりである。

納付法人 納付すべき国税地方税総額・( )内は納付済金額

第一農林 九億七六二二万八二〇〇円(七億九六七六万七四二〇円)

大谷興産 六億九四三七万七四〇〇円(五億四五一六万八三五九円)

大農建設 六億七三二一万一一〇〇円(五億〇九七五万一八五〇円)

合計 二三億四三九二万六七〇〇円(一八億五一六八万七六二九円)

前記のとおり、起訴された脱税金額が一〇億円余であるのに、平成四年一一月三〇日現在で、それを大幅に上回る、一八億五〇〇〇万円余の税金を既に納付済みであり、更に、重加算税等の付帯税があるために、なお、四億九二二三万円余りを分割で納付中である。

被告人梁は、前記脱税で多額の利益をグループ法人内に留保することができたが、その総てを税金で納付した上、更に、それに倍加する重加算税等の納付のために、現在四苦八苦して努力し、借入れ等により分割して納付中である。しかしながら、被告人梁が若し実刑収監されると、この約五億円の未納分の納付が殆ど不可能になることは必至である。

5 被告人梁の社会的貢献度について

被告人梁は、本件の脱税で起訴されたが、これまで、韓国人として差別されながらも、真剣に事業に精励して、社会的に多大の貢献をしており、中でも、弁第七号証の大韓民国大統領から受賞した「国民勲章冬柏賞」は、次のような功績から受賞したものである。

日本は、経済大国として発展し、先進国の主導的立場を確立したが、その中にあって在日韓国人については、依然として偏見と差別が随所に見られ、とりわけ、在日韓国人の貧困家庭の子弟は、ややもすると、犯罪の温床になりかねない生活環境であった。被告人梁は、特に、この点を危惧し、貧困家庭の子弟の犯罪を未然に防止するには、教育の普及徹底を図ることが重要であると考え、大阪市住吉区遠里小野二丁目三番一三号所在の学校法人白頭学院の理事に就任し、教育の発展に尽力した功績が認められたために受賞したものである。

また、被告人梁は、昭和五五年五月一五日、大阪帝塚山ライオンズクラブに入会し、昭和六二年六月一〇日、宝塚王仁ライオンズクラブへ所属変更して現在に至り、地域社会の奉仕活動を熱心に行っている。

6 被告人梁の改悛の情が顕著であることについて

被告人梁は、本件で、大阪国税局査察部から調査を受けるや、当初から脱税した事実は、率直に認め、公判においては、開示された証拠内容を検討した結果、あまりも不合理な内容の部分について、証拠資料の記載内容に納得できない点があったから、極く一部だけではあるが、争っているものであり、それは、全体の脱税事案の極く一部であって、決して罪を逃れようとしたり、殊更に罪を軽くする目的であって争っているものではない。

本件の納税状況は前記のとおりであり、脱税により会社に留保されていた利益中、換金できるものは総て換金して、既に、前記のとおり、本件脱税額の約倍の金額を納付済であり、未納分についても、可能な限り借入金等により資金を捻出して、分割納税に努力中であり、改悛の情は極めて顕著である。

7 被告人梁の家庭の事情等について(この項は、控訴審において立証する。)

被告人梁の家族は、

妻 柳川真江こと金文子(五三才)

長女 山口晃子こと梁淑子(三〇才)

次女 森本容子こと梁琴袖(二九才)

長男 柳川慎平こと梁財寿(二二才)

の五人家族であるが、長女は、医師で、名古屋市天白区表山一―一一二・山口雅吉に嫁しており、次女は、歯科医師で、京都市左京区北白川追分町三八―四・グレーシー北白川二〇一・森本真行に嫁しており、長男は、金沢医科大学四回生で、現在同居の家族は、妻だけである。

その妻が、リューマチ・掌躍膿脆症で、昭和六一年五月から一か月間、大阪赤十字病院に入院し、昭和六二年一月九日から同月三一日まで、近畿大学医学部附属病院皮膚科・東洋医学研究所へ入院し、平成二年九月八日から同月一九日まで、国立南大阪病院に入院し、現在、大阪市阿倍野区昭和町三丁目八―一九所在の久保鍼灸指圧整体院へ通院加療中であり、同居の家族が、被告人梁一人であるために、若し、被告人梁が、実刑収監されたならば、たちまち、妻を自宅で看護する者がいなくなり、病弱の妻が路頭に迷うことになる。

また、被告人梁自身、一見頑強そうに見えるが、昭和四二年ころ、八尾市渡辺病院で、「若年性本態性高血圧症」と診断され、その後、昭和五六年一〇月三一日、大阪赤十字病院で、「高血圧症・糖尿病・高脂血症・高尿酸血症」と診断され、同年、昭和五九年、同六一年、同六二年に、大阪赤十字病院へ入院し、現在、同病院へ通院している。また、大阪赤十字病院は、入院用のベットの空きがないために、食餌療法を行っている兵庫県津名郡五色町所在の「五色県民健康村健康道場」(神戸大学医学部系)に、次のとおり、入道している。

昭和六二年一一月二五日から同 年一二月 五日まで入道

昭和六三年一一月二五日から同 年一二月 四日まで入道

平成 元年 七月 五日から同 年 七月一五日まで入道

平成 三年 三月一三日から同 年 三月二一日まで入道

平成 三年 八月二七日から同 年 九月 一日まで入道

平成 四年 六月 八日から同 年 六月一四日まで入道

平成 四年一一月 六日から同 年一一月一二日まで入道

このように、被告人梁は、二〇年来、高血圧症で、一年に数度の入退院を繰り返している。血圧の数値は、一九〇ないし二一〇にも達したことがあり、平成四年一二月四日、近畿大学医学部附属病院で、「多発性脳梗塞」の診断を受け、治療を怠ることが出来ない状態である。

8 被告人梁に対する社会的制裁について

平成二年七月四日付各新聞朝刊に、第一農林グループ三社及び被告人梁が本件脱税で起訴された記事が一斉に掲載報道された。この報道により、第一農林グループ及び被告人梁は、今まで築いてきた信用と栄誉が一挙に失墜した。その外、右報道により、当日、不動産買い付けのための融資を住友銀行を通じて(株)住総が引受る契約のために来社予定であったが、急遽取消しとなったのを初めとして、各種取引は中止され、更に、各金融機関からの融資も総てシャットアウトされるに至り、経済的に決定的なダメージを受けた。また、約一〇億円余の脱税をしたために、重加算税等が付加されて、二二億八〇〇〇万円余に上り、そのうち、一八億五〇〇〇万円余を納付済みであり、このように社会的制裁を十分に受けている点もご斟酌願いたい。

9 同種他事件との比較について

原審における検察官の論告は、単に、脱税金額と脱税率のみを重視して、形式的・画一的に求刑基準に当てはめて計算した結果の求刑論告であり、検察庁には「基準検察に陥るなかれ」という教訓があり、本件犯行の動機・犯行後の情状等に斟酌すべき情状があるのに、「本件動機に配慮すべき余地はない」等として、特に、個人利得の殆どない被告人梁に対し、懲役四年・罰金一億円という血も涙もない論告を行っている。この論告が、原審の量刑に及ぼしている影響は極めて大であるといわなければならない。

昨年七月八日の各新聞紙に、東京地方裁判所において、脱税額三十七億円に上る脱税事件について、「脱税額が三十七億円と群を抜いて巨額であり、所得隠匿工作も大規模・複雑巧妙で、非常に悪質である」として「違反法人の不動産会社に対して戦後最高の罰金八億円を課し、当該社長に対して、懲役三年六月(求刑懲役四年)の判決を言い渡した」と報道され、公知の事実となっている(原審の弁護人弁論要旨添付資料一参照)。このように、本件の三・七倍の巨額の、しかも悪質な手口の事件の法人社長の求刑が懲役四年であるのに、本件の被告人梁に対する求刑が、右事件と同一の懲役四年なのである。本件の求刑が、余りにも基準検察の弊に陥っていることが明白である。

なお、高額の脱税事件であっても、刑事訴訟法第二四八条の「犯人の性格、年令及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」との規定に準じて、本件よりも情状の重い事例について、各種情状を斟酌して、執行猶予の情けある裁判をした事例があるのである。

この点について、大阪高等裁判所における最近の裁判事例を調査したところ、次の二件が本件の量刑について極めて参考になると思われる。

(1) 株式会社エスティーイー及び外池新吉に対する法人税法違反事件。

この事件は、法人の脱税金額が、合計一三億六〇八二万四九〇〇円で、平成元年四月二五日、神戸地方裁判所において、法人に対し、罰金三億円、外池に対し、懲役二年の実刑判決をしたのに対し、平成二年七月一三日、大阪高等裁判所において、外池に関する部分を破棄し、外池に対し、懲役二年、但し執行猶予四年の判決を言い渡したものである。

この事件の犯行の態様は、「脱税により捻出した資金は、被告会社の従業員の簿外給与や賞与の支給、得意先のレストラン等の関係者に対する交際費等に使う他、簿外で開設した仮名、借名の預金口座に入金していた」もので、判決では、その態様は悪質といわなければならないと判示されているが、犯行後の情状を斟酌して、一審の実刑判決を破棄して、執行猶予の温情ある判決を言い渡しているのである(原審の弁護人の弁論要旨添付の資料二、三の一審・二審の判決写参照)。

この事件と、本件とを比較すると、本件は、脱税額にして約三億円少なく、また、犯行の動機・手段方法等は、本件の方が遙かに情状がよいのである。

(2) 籔本秀雄に対する法人税法違反事件

この事件は、医療法人の脱税額が、合計一二億三〇五三万円余である外、二億八〇七三万円に上る背任・業務上横領並びに私文書偽造・同行使、診療放射技師及び診療エックス線技師法違反が付加された事案で、昭和五八年四月一三日、大阪地方裁判所において、籔本秀雄を懲役二年の実刑判決を言い渡したのに対し、昭和六一年七月三一日、大阪高等裁判所において、籔本秀雄に関する原判決を破棄して、懲役二年、但し五年間刑執行猶予の温情ある判決を言い渡しているのである。(原審弁護人の弁論要旨添付の資料四の二審の判決写参照)。

この事件と、本件とを比較すると、本件は、脱税額にして、約二億円余少なく、犯行の動機・手段方法に至っては、本件の方が比較にならない程情状が良いのである。すなわち、

この事件の脱税の犯行の態様の主たるものは、医療品納入先からのリベートを簿外にしたものであり、その使途は、被告人個人の用途に費消した外、妻に仮名で有価証券を購入させていたものであり、しかも、脱税の発覚をおそれて、関係の取引業者から虚偽の書類を徴し、医療法人の会計帳簿を偽造し、本件税務調査着手後も、関係者に働きかけて口裏を合わせている等していたものである。また、背任・横領によって得た二億八〇〇〇万円余は、情交関係のある女性と共謀して敢行し、その女性に一億円を贈与したり、その他、情婦に対する贈り物の購入に費消されていたのである。

以上の二件と本件を比較すれば、本件の方が、脱税金額も少なく、犯行の動機、態様については、遙かに、本件の方が憫諒すべき事情があると思料する。

10 総括

原審の検察官は、自主申告制度における脱税について、厳しく批判し、常に、厳罰で臨むべきであり、それが一罰百戒になると主張されるのであるが、脱税事犯程、事案によって、諸々の事情が異なり、単に、厳罰に処するだけでは、一罰百戒にはならないのである。

まず、脱税で起訴される事件が、現実に発生している脱税事犯に比較して、余りにも少ないために、その内の一部について、いくら厳罰に処しても、一般予防の効果が極めて低いのである。脱税すれば、殆ど査察調査を受けて、起訴されるものであれば、その一部について厳罰に処すれば、一罰百戒になるのであるが、現在のように、脱税事件の氷山の一角しか起訴されないという実情では、一罰百戒の効果は非常に少ないのである。その上、行政裁量によって、より重大な事案が、起訴もされずに済まされている事案も多いことも事実である。現に、前記外池新吉の事件の公判で問題にされている事案で、五五億円も脱税している者が、起訴されていないのである。

このような実情にあるとき、脱税事件について、最も、刑事政策的に効果があるのは、その事案に応じた、量刑・判決をすることであり、ただ、単に、脱税金額が多額であり、脱税率が高率であるから、厳罰に処すべきであるという単純な発想で、処理されてはいけないと考える。

現在、バブル経済が破綻し、どんな大きな不動産業者も、金融機関も、高額な不動産が処分できる経済環境でないために、ノンバンクはもとより、正規の金融機関でさえも、倒産が噂さされている重大な局面にさしかかっているのである。被告人梁は、金融機関からの選別融資の対象となり、その上、前記のとおり、本件で起訴された際に、新聞等に報道されたために、金融機関からの融資が全面的にストップされ、不動産業界の極度に悪化しているために、手持不動産は処分ができない上、金融機関からの借入金残高が、平成四年一一月末日で、第一農林が、七二億二九五八万九五九一円、大谷興産が、二三億二〇六九万二一一六円、大農建設が、二九億一三四〇万〇五一九円あり、合計一二四億六三七五万四二二六円に上り、金融機関からその取立に追われているが、その利息が、平均八%にしても、年間一〇億円近い金額となり、その支払が困難な状態で、現在、被告人梁の過去における信用と手腕によって、一部利息の延納や利率の引き下げを受ける等して、辛うじて、経営危機に瀕しているグループ三社の経営を維持している状態である。

このような重大な時期に、被告人梁が、万一、実刑が確定して収監されたならば、当然グループ三社は倒産して破産し、その従業員は路頭に迷い、多くの関係債権者に対し、多大の迷惑をかけるばかりでなく、分割して納付している税金についても、納税が不能となる虞が大である。こうした緊迫した情勢下にあることを十分ご賢察賜り、また、前記被告人梁及び妻の病気の点もご配慮願い、本件違反の動機、脱税金の使途、検挙されて後の納付の状況、他の重大脱税事件に対する量刑との比較等を十分していただき、この際、いくら執行猶予の期間が長くても結構であるから、是非、被告人梁については、執行猶予の温情ある判決を賜わり、異国の地で努力して、かなりの信用と地盤を築き上げることができた被告人梁に対し、一度だけ再起の道を歩むことができるようにしていただきたい。

二、被告人大谷興産・同大農建設の量刑不当について

原裁判所は、被告人大谷興産に対し、罰金七〇〇〇万円、被告人大農建設に対し、罰金六五〇〇万円に処する旨の判決を言い渡したが、右判決は、左の理由で、量刑重きに失し、不当であるから破棄を免れない。

1 被告人大谷興産は、前記のとおり、バブル経済の破綻により、平成四年一〇月期決算で、売上高が僅か一一五二万七七七二円に過ぎず、その販売費・一般管理費が二七三六万六四四九円であるため、営業損益で、一五八三万八六七七円の欠損が生じており、その上、営業外損益の支払利息が、一億九五六八万二三七三円に上るため、当期経常損失は、一億八三〇三万七六一一円となっており、特別損益の「前記損益修正益」一一八九万一七〇〇円を計上しても、当期損失は、一億七七一一万三二七円となっている。それに、前記繰越損失一億六五七万八六九円を加算すると、当期未処理損失は、実に、二億八三六八万一一九六円に達している。

被告人大谷興産は、本件脱税の結果、重加算税等が加算されるために、納付すべき国税・府民税・事業税・市民税の合計は、六億九四三七万七四〇〇円となり、その内、平成四年一一月三〇日までに納付した額は、五億四五一六万八三五九円であるが、まだ、一億四九二〇万四一円が未納で、現在、分割納付に努力中である。

右会社の現状に鑑み、罰金七〇〇〇万円を納付することは、非常に困難であり、若し、万一、会社が倒産したならば、まだ残っている分割納付の税金すら支払ができなくなることは必至であるから、前記本年犯行の動機・原因等も併せご考慮願い、原判決を破棄して、原判決よりも、少しでも罰金額を減額していただき、何とか、会社を存続させて未納分の税金も罰金も完納できるように、ご温情あるご判決を賜わりたい。

2 被告人大農建設は、前記のとおり、被告人大谷興産と同様、バブル経済の破綻により、平成四年一一月三〇日現在の同社の合計残高試算表によると、売上高は、二億六一二六万四三九四円(手持不動産を処分した分)であるが、原価が三億一〇〇〇円余のものを処分したために、売上損失が、五五七九万四八五一円で、それに販売費・一般管理費が六一〇八万一九二五円であるから、営業損失が、一億一六五八万八五二六円となり、経常損失が、二億五七五五万五六四〇円となり、当期損失が、二億五七〇二万六三二三円となっている。

被告人大農建設は、本件脱税の結果、重加算税等が加算されるために、納付すべき国税・府民税・事業税・市民税の合計は、六億七三三二万一一〇〇円となり、その内、平成四年一一月三〇日までに納付した額は、五億九七五万一八五〇円であるが、まだ、一億六三五六万九二五〇円が未納で、現在、分割納付に努力中である。

右会社の現況に鑑み、罰金六五〇〇万円を納付することは、非常に困難であり、若し、万一、会社が倒産したならば、まだ残っている分割納付の税金すら支払ができなくなることは必至であるから、前記本件犯行の同期・原因等も併せご考慮願い、原判決を破棄して、原判決よりも少しでも罰金額を減額していただき、何とか会社を存続させて、未納分の税金も罰金も完納できるように、ご温情あるご判決をいただきたい。

利率変更による年間金利表

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